米国の夏の火蓋が切って落とされるMemorial Day Weekend、暑い気候に誘われて再びデスバレーに舞い戻った。今回は、2年前の訪問時に逃したポイントを総ざらえにする目的で、短期集中の攻略作戦。中味を濃くしようと準備万端旅に臨んだら、ちょっと濃くなり過ぎてしまった。
5月26日(土)出発予定を1時間遅れて9時頃レドンドを出発、灼熱のDeath Valleyに向かった。国立公園の南端ジュビリー峠から公園に入ると気温110度(摂氏43度)を超える灼熱の世界に急変した。
2時過ぎに西半球最低地点Bad Waterで小休止するが、熱気のため早々に車の中に退散。前回は好奇心に駆られて塩の上を結構歩いたものだが、二度目(三度目)ともなると、少々態度が横柄である。すでに夏期に入っているせいか前回にも増して観光客は少ない。しかしながら、相変わらずドイツや東欧からの観光客が多いようである。
■Death Valley
前回道路のコンディションのため訪問できなかったその一、Artist’s Driveを訪れた。このループになっている一方通行の巡回路の中程に、土中に含まれる様々な金属の酸化により赤、青、緑など様々な色が山肌に現れ、さながら画家のパレットのようだ、ということからArtist’s Palletと呼ばれるポイントが設けられている。
予想通りインパクトが少なかったArtist’s Driveの順路を車で回り終えると、ザブリスキ・ポイントという見晴らしのよい高台に向かった。前回は前年夏の豪雨で道が流されたため近寄ることすらできなかった場所だ。以前から写真で風景を見て惹かれていたこともあり、流動感のあるこの世のものと思えない風景を目の当たりにして時を忘れ風景を楽しんだ。
ザブリスキ・ポイントからホテルのあるファーニス・クリークまでは近い。ホテルの部屋に入った途端、つい誘惑に負けクーラーで持ってきたビールの栓を抜いていた。そして、冷房の利いた気持ちのよいベッドの上で知らぬ間に夢の世界に彷徨っていった。
目をさますと、ちょうどテレビのデスバレー案内でDante’s Viewの夕暮れの映像が写っていた。まだ間に合うので行ってみよう。夕方とはいえ、部屋を出るとムッと熱気が押し寄せる。約40分でひときわ高い(5,500フィート=1,650m)山の上に着いた。まさに日没のころで、頂上のパーキングには数組の先客が腰を下ろして夕日を眺めていた。なぜ人は夕日に惹きつけられるのか?一日の思い出の締めくくり。宇宙の営みの再確認。死へ一日近づくことの覚悟。まさかね。
Dante’s ViewはちょうどBad Waterの上になる。頂上から見下ろすバレーの底は、まさに神曲の地獄篇を思わせる。バレーでは100度を超える気温もここまで上がってくると頗る快適。山頂付近をそぞろに歩きながら、シエラネバダの山並みの彼方に沈みゆく5月26日の夕日を見納めた。
今回のメインイベントであるレイストラック・プラヤへの旅に備え、この日は早々に就寝した。
■Racetrack Playa
早々にバッフェの朝食を掻き込んで、ロッジをチェックアウト。公園案内所に立ち寄り、レーストラックまでの道路状況をパーク・レンジャーに尋ねることにした。レンジャーは開口一番、道路は尖った岩石で覆われていること、3週間前にもレンジャーの主任がそこでタイヤ三本パンクさせて立ち往生したと言った。
他に通る車はほとんどないから、もし2本以上やられたらいつ来るか分からない車を炎天下で待つことになる。AAAも砂利道には来てくれないし、来ても最低数百ドルかかる。僕の心は激しく葛藤し始めた。ところが、僕らをひとしきり脅したと思ったら、ホントは勧めないけど行けるところまで行って引き返す手もあるけどね、と笑顔。おいおいどっちやねん!そしてこの悪魔のささやきから、すべてが始まった。
公園、と呼ぶにはあまりに殺伐とした砂漠を北向けに小一時間走り、2年前に訪問したユビヒビ・クレイター前を通過、待望のレイストラックへの入り口へ到着した。覚悟を決めて、慎重に砂利道に踏み出した。時速20マイルで精一杯のひどい道で、一面に角張った石が転がっている。この道を27マイル、すなわち1時間半走ることになる。
ひと気のない山と谷を分け入り、途中から次第に四方八方に枝を伸ばすハチャメチャなジョシュア・ツリーが増え始め、幻想的な風景が広がる。ムーミン・ファンには、木の変装をしたニョロニョロが無数に並んでいるような風景といえば想像がつくかもしれない。
随分と走ったころ、突如やかんが無数にぶら下がったTeakettle Junctionの看板に到着。人間の文明から遠く離れた荒野に突如と現れたやかんの集団。この意外な展開にちょっと懐かしさを感じながらも、先方に横たわる土色の広場らしきものに心がはやっていた。
ようやく辿り着いた湖床畔の最初の案内板の前には、すでに1台のSUVが止まっていた。乾いた湖床を歩いて戻ってくるカップルと入れ替わりに僕らも湖床に踏み出した。
レイストラック・プラヤと呼ばれる湖床は、湖が乾燥してできた広大な土の平面である。かつてここに青々と水を湛えた大きな湖があったことを想像するだけで、うっとりするような壮大で乾燥した荒野の風景である。
もちろん容赦なく照りつける灼熱の太陽のもと、湖などひとたまりもないと思われるが、それどころか粘土質の湖床はからからに干上がり、全面に亀甲模様のひびが入っている。よく見ると、一つ一つ不規則な模様なのだが、その模様が次々と連続して形成される壮大なモザイクを見渡すとき、またしても自然の造形の完璧さを思い知らされる。人間がここを訪れようが訪れまいが、あるいはこの造形を美しいと思おうが思うまうが構いなく、自然の造形は悠久の時のなかで静かに存在を続ける。
レイストラックとは、岩の「競走場」という意味だ。その名の通り、湖床の南側に向け岩が移動した軌跡が残っている。看板の説明に従って、その石がある辺まで車で数マイル移動。湖床が始まる辺から1/2マイル(800メートル)ほど湖床の内側にあるという。ボトル水を持って、湖床を移動する岩を探しに出かける。先客3台は車で昼飯を食べていた。
乾いた風が吹き渡る湖床の上を10分ほど進むと、...あった!それは何の飾りもなく、何気なく、ただそこにあった。数十メートルのゆったりした弧を描く軌跡の終わりに横たわっている、20キロもありそうな角張った岩。静かな興奮を抑えながら、落ち着いて回りを見渡すと、大小様々な石が、軌跡を描いた先に思い思いに転がっているではないか!中には、複雑なジグザグ模様を描いたり、円を描いたり、行ったり来たりした軌跡を残すものもある。過去様々な科学者や研究チームが泊まり込んで調査したが、未だに岩石が動く仕組みは十分に説明できないそうだ。
■Flat Tire
今回の旅行の目的を果たし、帰路についた。来た道を1時間半かけて舗装道路まで戻らないといけない。往路同様全身マッサージ状態で1時間ほど走ったころ、どうも振動の様子が変なことに気がついた。車を停めて下りて車輪をみると、助手席側の後輪がズタズタになっていた。しばらく砂利道をホイールのまま走っていたようで、ホイールもかなり傷んでいる。あまりに振動と走行音が大きいかったため、パンクに気がつかなかったのだ。
携帯が通じないのでAAAを呼ぶことはできず、やむなくタイヤ交換に取りかかる。ジャッキを取り出し、車の下にあててジャックアップを始めた頃、反対方向に向かうジープ・ラングラー2台とすれ違った。窓から男性が顔をのぞかせ、You guys OK?と尋ねて、ちょっと通り過ぎた先で車を停めた。もう1台のジープも連れらしく、工具を持って2人の男と1人の少年が2台の車から下りてきた。
最初に話しかけて来た男が、鼻歌交じりに作業開始。なかなか手際がよい。話を聞いていると、彼らもLAから週末にかけてキャンピングにきたという。ドロドロになりながら、30分程度で僕の車のタイヤを交換してくれた。僕らが車に積んでいたウエットタオルを出すと、自分たちも持っていると見せて、This is our shower for the next three daysと言ってニャッと笑った。
手際がいいと思ったら、LAで車整備の商売をしているらしい。あいにくATMがないので(笑)小切手でお礼をさせて欲しいと申し出ると、今日は休業中だから払いたかったら今度LAのうちのショップに車もっておいで、と笑っている。せめてガンガンに冷えたボトルウォータをどうぞ、というと、それは喜んで取ってくれた。LAにいるときは親切な人には滅多に遭わないのに、こんな遠くまで来てLAの人に親切にされるとは、世の中分からないものである。
■Flat Tire No. 2
スペアを使ってしまったので、もう後はない。さらにスピードを落として慎重に進む。何とか舗装道路まで出たところで、なにかを踏みつけたようないやな感触。車を停めて見てみると、ガーン!今度は運転席側の後輪の空気が減っている。万事休す。クレイターは公園の北のはずれにあり、この時間にレンジャーが立ち寄る確率はきわめて低いように思われた。
幸い他の観光客が数組車で来ていたので、次々と事情を説明して、レンジャーにここへ来てもらうようお願いした。車から出たり入ったりして待つこと1時間、他の車もすべて立ち去り、心細くなってきた。これから夜になるので暑さの心配はないが、ひと気のないクレイターの前で野宿になりそうな気配になってきた。
意を決して、低速で約8マイル先のスカティズ・キャスルまで何とか試すことにした。フラッシャーを点滅させながら、時速10マイルで走る。数分後、すでにタイヤが細切れになり、あっけなく路肩でリタイヤ。ボンネットを開けたまま救助を待つことにした。今日の教訓:空気の抜けたタイヤでは走れませ~ん。
腹を括って二人でおとなしくシートに座っていると先方から高速で向かってくる車あり。その車は、スピードを落とすこともなく轟音とともに通過。そういう事が何度かあって、あきらめムードが濃厚になったころ、また1台向かってくる。それほど気にもとめなかった。しかし、それこそ、僕らの騎兵隊だった。
■Our Savior
我らが救世主Travis Hallさんは、まだ若い気さくなパーク・レンジャーだった。ふたたびレイストラックに行ってきたの?と尋ねられ、3週間前もレンジャーの主任が…、という話が出てきた。その主任は随分有名なようだ。この後のことを尋ねられ、考えた末、ネバダ州ベイティに連れて行ってもらうことにした。タイヤを手に入れるられる確率が一番高いと考えたのだ。
悪いことをせずにレンジャーの車に乗る機会は滅多にない。興味津々で車内を見渡すと、まず、僕らの座ったすぐ左には威圧的なショットガンが立ててある。運転席の回りは、無線やPC端末やでかなり窮屈な感じになっていた。ふと、クリップボードに、英国人カップルに託したメモが挟んであるのが目にとまった。心の中で、彼らに25回くらいお礼を繰り返した。
ユビヒビからベイティまで70マイル(110キロ)の距離がある。こんな時間からで大丈夫?と心配になったが、彼は気にしなくていい、と優しい。死の谷で天使に出会った気分だった。 7時頃ベイティに到着し、一番看板が大きかったモウテルに決めた。
さすがに、連邦職員に金銭は渡せないと思ったが、何らかのフィーという形で、と申し出るだが、既に残業代がついてるので自分はハッピー、と笑っている。水も丁寧に辞退されて困っていると、どうしてもというなら上司宛に一筆書いてくれてもいいよ、とウインクしている。もう一度礼をいい、握手すると彼はそのまま公園の方に引き返した。 またしても、見ず知らずの人のお世話になってしまった。
■Beaty, Nevada
最悪の状況は避けられたので、きれいな部屋が50数ドルで借りられたことの方がうれしい。コーヒーショップでしっかりした夕食にありついた。砂漠の真ん中でコヨーテの鳴き声を聞きながら空腹のまま野宿することを思えば、どれほど恵まれていることだろう。普段飲みたいとも思わない全国ブランドのビールですら、旨いと思った。
ホテルに戻ると、タイヤの心配は翌朝することにして、今日偶然遭った親切な人々に改めて感謝し、すぐに深い眠りについた。
5月27日のメモリアルデーは、休業するビジネスが多い。特に人口千人あまりのネバダ州ベイティの場合、今日タイヤ店が空いている可能性は低い。まず地元の電話帳を繰ってみた。幸いタイヤ屋があったので電話してみたが、出ないので、店の様子を見に行くことにした。AAAにも電話し牽引を依頼したところ、車のところにいないと派遣できない、とすげない返事。これは思ったより難問題だ。
街を貫く沿いに、目的のタイヤ屋を発見した。案の定店はしまっているようだが、ガラージ前に置いたソファに一人の小太りの男が腰掛けてゴウルデン・レトリバの頭をなでている。果たして男はタイヤ屋だった。
レンジャーが運んできてくれたホイールを見せ、状況を説明すると、最悪ここまで牽引してくることになるかも、と恐ろしいことをいう。ちなみに、AAAの規定では最初の5マイルは無料だが、以後1マイル8ドルとなっているので、65マイルX8ドルとすると牽引だけで500ドルを超える金額になってしまう。とにかく、タイヤを付け替え、ホイールの振りを調整してもらった。
AAAの下請の牽引屋は、隣町(とはいえ30マイル先)から毎日彼の店に立ち寄る親しい仲とのこと。タイヤ屋に間に入ってもらい、ホイールを積んで車のところまで牽引車で連れて行ってもらう話がついた。タイヤ屋にチップをはずみ、礼を言って一晩お世話になったベイティを10時前に出発した。デスバレーはそろそろ暑そうだ。
■Back to Death Valley
牽引屋のトラックで砂漠の道を戻ること1時間、やがて砂漠の道ばたで頼りなさげに停まっている僕らの車に到着。手際よく15分ほどでタイヤ交換が完了。今までこれほど、AAAが頼もしく思えたことはない。ここまでくるのに助けてくれた、何人もの見ず知らずの人々の善意に改めて胸がジーンと熱くなった。無料で作業をしてくれた牽引屋に心付けし礼をいうと、1日遅れでLAへの帰路についた。
ロサンゼルスに戻るとすぐさま、Death ValleyのChief Ranger宛に、礼状をしたためた。トラビスへのせめてもの恩返しだ。この旅で受けた他人の厚意は決して自分で止めるのではなく、機会あるごと他の人に広めている。
暑い、暑い、暑い、超暑い・・・・・
まだ、広島は、朝晩、涼しいから、なんとか大丈夫だけど。
これからやってくる憂鬱な梅雨の蒸し暑さとは違う暑さだったのでしょうね。
でも、一度は行ってみたい・・・・かも・・・・
Hanaさん お久しぶり!
あそこの暑さはガンガンきますが、ドライなので不快ではないですよ。汗をかいた~という感覚がありません。是非いつか体験してみてください。梅雨って、思い出すだけで憂鬱。お百姓さんには大切なものとは分かっていても、勤め人には試練ですよね。