【ここからつづく】
サンタフェでの4日目の朝、宿を引き払って3日前にのぼってきた高速を南に引き返し、次の目的地ホワイト・サンズ国立記念碑に向かった。
空港から100マイルほど南のサン・アントニオという小さな村で高速を降りて、こんどは東向きの一本道をひたすら走る。ただでさえ風景に変化が少ないのに、さらに単調な風景が始まった。加えて朝からどんより曇っているので、今ひとつ気分が盛り上がらない。地図によると道路の向かって右側、南に広がる荒野は米陸軍のミサイル試射場になっている。1時間ほど走ったころ、視界の隅を一瞬流れ去った道路脇の看板に気がついて、慌てて引き返した。
トリニティ・サイト。第二次大戦中1942年から合衆国陸軍工兵団と物理学者ロバート・オッペンハイマー博士率いる研究チームが進めてきた原子爆弾開発計画、暗号名マンハッタン計画の成果として、1945年7月16日に人類最初の核実験が行われたグラウンド・ゼロのことだ。碑には、最初の核爆発を目にしたオ博士が「遂に私は死神、世界の破壊者になってしまった」と述べたことが記されている。ナチスに先を越されまいと全力で進めた研究の成果が世界破壊の引き金とは、なんとも因果な話である。そしてこの日からたった3週間後、ここから9000マイル離れたヒロシマで彼の言葉は現実になってしまう。
ぽつんと寂しく道路脇に立つ看板のすぐ横から枝分かれして、荒野の彼方に向かって地図に載っていない細い道路が始まっていた。この先に、トリニティ・サイトがあるのだろうか?この旅行日記を楽しみにしてくださる読者のためにも、なんとしても突き止めなければ。
車の行き来がまったくない舗装道路を走ること約10分。施設入口のゲイトに着き、出てきたセキュリティのおじさんに、ここはトリニティサイトの入り口か、と尋ねると、そうだという。僕らも入っていいか、と尋ねると、Oh, no, no, noと苦笑されてしまった。やっぱり軍事機密らしい。仕方なく、入口前の看板だけ撮影して引き返した。当然といえば当然だが、こんなわけで人類初の原爆実験場になったマクダナルドさんの牧場跡を訪問することは出来なかった。あとで調べたところによると、毎年4月と10月の第一土曜日にだけ一般の立ち入りが許されるらしいので、関心のある人はタイミングを合わせていくといい。
ホワイトサンズ国立記念碑は、前述の退屈な風景の中をさらに2時間走ったところにある。名が示すとおり真っ白い砂丘が広がる国立公園は、ここまで数時間横に見ながら走って来た広大なミサイル試射場の南の外れにあり、試射があるときは閉鎖になってしまうそうだ。たしかに、どうぞといわれても困る。公園の案内所のドアの横には、まるでTVの公開録画の予定表か何かのように「今日のミサイル試射予定」と書かれたホワイトボードが吊してあった。
幸い今日は発射予定がないようなので、早速公園の入り口に向かう。公園内を一本の舗装道路が走っており、訪問客は気に入ったところで車を停めて、自由に砂丘を歩けるようになっていた。ここの白い砂の秘密は石膏(gypsum)の結晶だそうだ。石膏は水に溶けて流れやすいので、これほど大量に結晶の状態で集まることは珍しいらしい。そろそろ今晩の宿に向かって出発するか、という頃になってようやく少しだけ雲の切れ目が現れたものの、青い空なら見事に映えるだろう白い砂の海が、いまひとつ精彩に欠ける風景にとどまってしまった。
ちょっと心残りなまま、夕暮れが迫る前にここから3時間半先の今夜の宿、ロズウエルに向かって出発した。
【ここにつづく】
こんばんは。ミサイルの発射試験は見てみたいですねぇ。ただ日本にとってはよくない歴史があるところなので複雑ですね。
最後の写真は砂が一瞬海にみえました。砂の上の模様が波に見えたんです。
こんばんは( ̄(エ) ̄)ノああああ!どんどんロズウェルに近づいていく~。トリニティ・サイトかあ、科学の進歩がすべて平和に向かうとは限らないですね。日本人としてはなんとも複雑な気分になる場所だなあ。それはさておき、僕も最後の写真、海に見えました~。そしていよいよロズウェルですね!!宇宙人のミイラの写真楽しみにしております!ワクワク!
大変ご無沙汰してしまって失礼しました。地図を見るとテキサスとメキシコ国境とが目と鼻の先なんですね。それにしてもマンハッタンプロジェクトのサイトはこんなところだったんですね……いやぁ、最後の砂丘の写真以外は<その5>までの美しい教会等の写真と同じ気持ちでは見られませんが、いつもながらの素晴らしい旅行記で、感謝しております。あ、そうそう、不謹慎ですが、オーマクダーナーハーダーファー、イーアイイーアイオー♪が思い浮かんでしまいました。(スミマセン!)ロズウェル楽しみにしております。
≫しまやんさんミサイルの試射のあるときは周辺の公道も閉鎖になるそうなので、なかなか近くで見ることはできなさそうでした。確かに日本はここで実験された兵器の最初の被害者になってしまいましたが、科学研究自体に罪はないと思います。それを言い出すと、包丁も金槌もすべて凶器になってしまいますよね。問題は技術をコントロウルする人間の倫理感にあるのです。
≫utaさんほんとに見渡す限り真っ白なんですよ。おまけに広いところなので、いくら訪問者がたくさん来ていてもたっぷり開放感を味わえます。風紋は自然が造る芸術です。まさに真っ白に固まった海を見るようでした。
≫森のくまさんもうちょっとです。いま記憶を手繰って鋭意作文中ですので、ぜひご期待ください。僕には、こんな荒野の真ん中で人類の歴史に刻まれる出来事が起こったという感慨がありました。オッペンハイマー博士は原子爆弾を広島と長崎に使用した行為に対して激しく政府を批判し、戦後は米政府や国連機関の原子力委委員会のメンバーとして核の平和利用と規制に身を捧げたそうです。スキャンダルの多かった人らしいですが、スジは通っていたようです。
≫Yukoさんこちらこそお久しぶりです。決算やら税金やら忙しい時期になりなかなかお邪魔できませんでした。後日ここでの空振りにへこたれず何とか基地内に潜入するのですが、これまでののんびりした教会三昧と打って変わってきな臭いニューメキシコの一面も見せて貰いました。そうそう、僕も後日マクダナルドさんの牧場の実験本部になった住居跡の模型を見たとき、頭の中でいやいやよ~という歌声が流れました。ひよこぴょこぴょこ、あひるガアガアの農場と原爆実験場のギャップは、とても大きい。
最後のお写真、青空の下じゃないのがほんとうに残念ですね。さて、私は広島と長崎に原爆を積み込んで飛び立ったという飛行場ってのに行ったことがありますが、こんなのどかなところから飛び立った飛行機が大きな悲劇をもたらしたっていうのが信じられないような不思議で厳粛な気持ちになりました。なんかロズウェルよりこっちのほうが怖い感じですね。・・・・解剖中の宇宙人もけっこうインパクトがありましたけど
≫うまこさんそうなんです。せっかくはるばる訪れたのにあいにくの曇り空で残念でした。ほんとは雨や雪じゃなかっただけマシ、と感謝しないといけないですけどね。うまこさんが南洋の飛行場で体験されたのに似た気持ちを、僕もニューメキシコの荒野で感じました。こんなにおおらかでガランとした西部の荒野の真ん中で人類を一瞬に絶滅させる潜在力を持つ兵器が開発されたなんて落差が大きすぎました。そして、その犠牲になった国に生まれた人間として、やるせない気持ちと感情のうねりを抑えられませんでした。科学に罪はないとは分かっていても、本当に科学が人類の利益になっているのかはいまだに分かりません。